姫路歴遊会
                           

JRふれあいハイキング、「城下の面影を残す爐夏・清十郎ゆかり”の野里の町並みを楽しむ」、平成29年1月29日(日)、活動報告

去る1月29日(日)、JRふれあいハイキング「城下の面影を残す爐夏・清十郎ゆかり”の野里の町並みを楽しむ」を催行したところ、遠く広島からの方も含めて8名の皆さまが参加されました。
古来、野里地区は姫路城の北東部に位置し、上方と西国を結ぶ山陽道の要所として、また北の但馬街道を結ぶ交通の要所として発達しました。
ここにある町名も「鍵町」「堀留町」「五郎右衛門邸」「同心町」など、ここに住む人・職業・場所により名付けられています。また、江戸時代、鋳物師の棟梁・芥田五郎右衛門のご子息による町屋の説明、お夏・清十郎の比翼塚のある慶雲寺、「あてまげ」「ノコギリ横丁」など、大いに楽しまれたことと思います。
昨年のNHK大河ドラマ「真田丸」でも紹介されましたが、大坂冬の陣の口実とされた京都・方広寺の梵鐘に「国家安康」と刻んだのは、野里の鋳物師とも言われており、歴史を変える事件に関係していたとは・・・。
このように歴史のある野里のハイキングにまたのお越しをお待ちしています。
本日はありがとうございました。

JR姫路駅からループバスに乗車して歴史博物館前で下車。ご案内の開始です。
野里門跡。今回の目玉である「城下の面影を残す野里」の入り口です。
鍵町、五郎右衛門邸、堀留町などの町名説明
固寧倉(こねいそう)の前で。江戸時代後期の1853年に建てられた飢餓に備えた備蓄倉庫です。姫路藩に288カ所を数えましたが、現存しているのは、7カ所です。
堀留町。ここが姫路城を取り巻く外濠の終点です。
「あてまげ」から「ノコギリ横丁」に向かう。「あてまげ」は道路に面して少しずれて道がついている所を設けた場所のことで、敵の進攻をここで鈍らせ、挟み撃ちにする。「ノコギリ横丁」は家屋が道に対して斜めに建ち、町並みがノコギリ状に斜交して形成された。軍事説、地割説、方位説など、形成の理由ははっきりしない。
正明寺、
法華寺で、千姫や水害の話を聞く。
現在は賢明女学院の南門になっている内京口門の説明。後は城見台公園で解散です。

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